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最高裁判所第二小法廷 昭和55年(オ)153号 判決

上告人

岡島竹治郎

上告人

丹下進

上告人

増田いと

右三名訴訟代理人

青木仁子

被上告人

伊藤吉治

右訴訟代理人

野尻力

主文

原判決を破棄する。

本件を名古屋高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人青木仁子の上告理由一の(一)について

一原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。すなわち、上告人らの先代亡岡島鉦三(昭和五三年三月一一日死亡)は、昭和二八年三月九日、被上告人から一〇万円を借受けて、その所有にかかる第一審判決別紙物件目録記載の土地(以下「本件土地」という。)を譲渡担保として提供し、同日、被上告人に対し売買名下に所有権移転登記を経由したところ、右債務(以下「本件債務」という。)の弁済期は遅くとも同二九年一二月末日に到来したが、その後鉦三は、同四七年六月二〇日に被上告人に対し、本件債務の弁済として一〇万円(元金相当額)を現実に提供し、更に、同五一年三月八日に残債務を弁済した。

二上告人らの本訴請求は、右事実関係のもとで、本件債務が鉦三の弁済により消滅したため、鉦三において、本件土地所有権を回復したか、又は被上告人に対する本件土地所有権の返還請求権を取得したところ、上告人らは鉦三の死亡によりこれを承継したとして、被上告人に対し、本件土地の所有権移転登記手続を求めるものである。

三右請求についての原審の判断の概要は、次のとおりである。すなわち、(1) 譲渡担保提供者(債務者)は債務を弁済して目的物を受戻すことを請求できるが、右権利すなわち、受戻権は、いわゆる形成権であつて、民法一六七条二項により二〇年間これを行使しないときは、時効により消滅する、(2) 受戻権は、債務者が債権者に対し債務の元利金及び遅延損害金等の全額を現実に提供して、受戻の意思表示をなす方法により行使すべきもので、もとより債務の本旨に従つた弁済をなすべきものである、(3) ところで、本件債務の履行期は遅くとも昭和二九年一二月末日に到来したから、鉦三は翌三〇年一月一日以降は債務を弁済して本件土地の受戻を請求し得ることとなつたものというべきところ、鉦三は、本件債務の弁済として、昭和四七年六月二〇日被上告人に対し一〇万円(元金相当額)を現実に提供したが、同三〇年一月一日以降の民法所定年五分の割合による遅延損害金について現実の提供をしていない以上、同人のした右提供は債務の本旨に従つたものとは言い得ない、(4) 鉦三は、その後同五一年三月八日に至つて残債務を弁済したが、本件土地の受戻権は右弁済に先立ち、二〇年の時効期間の経過によつて既に消滅しているものである。

原審は、以上の判断により、上告人らの本訴請求を棄却すべきものとした。

四ところで、不動産を目的とする譲渡担保契約において、債務者が債務の履行を遅滞したときは、債権者は、目的不動産を処分する権能を取得し、この権能に基づいて、当該不動産を適正に評価された価額で自己の所有に帰せしめること、又は相当の価格で第三者に売却等をすることによつて、これを換価処分し、その評価額又は売却代金等をもつて自己の債権の弁済に充てることができるが、他方、債務者は、債務の弁済期の到来後も、債権者による換価処分が完結するに至るまでは、債務を弁済して目的物を取り戻すことができる、と解するのが相当判旨である。そうすると、債務者によるいわゆる受戻の請求は、債務の弁済により債務者の回復した所有権に基づく物権的返還請求権ないし契約に基づく債権的返還請求権、又はこれに由来する抹消ないし移転登記請求権の行使として行われるものというべきであるから、原判示のように、債務の弁済と右弁済に伴う目的不動産の返還請求権等とを合体して、これを一個の形成権たる受戻権であるとの法律構成をする余地はなく、したがつてこれに民法一六七条二項の規定を適用することは許されないといわなければならない。

してみれば、前掲の見解を前提として、鉦三のした本件債務の弁済が形成権たる受戻権の二〇年の時効期間経過後にされたものであることを理由に弁済の効力を否定した原審の判断には、譲渡担保に関する法令の解釈、適用を誤つた違法があるものといわなければならない。そして、右違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかであるから、その余の論旨について判断するまでもなく、原判決は破棄を免れない。そして、本件債務について、その本旨に従つた弁済がなされたかどうか、本件土地について鉦三が返還請求権を取得したかどうか等につき、更に審理を尽くさせる必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(宮﨑梧一 栗本一夫 木下忠良 鹽野宜慶)

上告代理人青木仁子の上告理由

一 原審判決は、次に述べるとおり判決に影響を及ぼすこと明なる法令の違背がある。

(一) 即ち原審判決はその理由中で「譲渡担保提供者(債務者)は債務額を弁済して目的物を受戻すことを請求できるが右権利はいわゆる形成権と解され、民法一六七条二項により二〇年間これを行使しないときは時効により消滅すると解するのが相当である」という。そして「岡島鉦三の本件債務の履行期は遅くも、昭和二九年一二月末に到来したものであるから同人は遅くとも昭和三〇年一月一日以降は債務を弁済して担保物件の受戻を請求しうるというべきところ、同人が債務金の弁済として昭和四七年六月二〇日控訴人に対し、金一〇万円(元金相当額)を現実に提供した事実は当事者間に争いない」、そして、「その後昭和五一年三月八日に至つて残債務を弁済したことは当事者間に争いないが、右弁済は二〇年の時効期間経過後になされたものであることは暦算上明らかであるから、本件土地の受戻権は時効によつて既に消滅したものとしなければならない」と判示した。

しかしながら、譲渡担保提供者は、債務額を弁済しなければ目的物の受戻しを、たとえ受戻権の根拠を当然所有権が復帰しその所有権に基づく請求と解しようが、弁済によつて返還請求権が生ずると解しようが、いずれにしても債務額の返済をしなければ受戻権は発生しないのである。

ちなみに弁済をして受戻権を行使せず放置する場合には(受戻権を復帰した所有権にもとづくものと解さなければ)受戻権を行使できる時、即ち弁済をした時から受戻権の消滅時効が進行すると考えることは正しいであろう。

しかし、一度も発生していない受戻権に民法一六七条二項を適用して二〇年で時効消滅したとして上告人らの請求を棄却したことは、受戻権の発生時期を無視した判決というべく、本件に民法一六七条二項を適用したのは、判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背である。

(二) 被上告人において、本件債権を「債務の履行期を遅くとも昭和二九年一二月末には到来した」とするならばそれから一〇年経過した昭和三九年一二月末日以降亡岡島鉦三に対する本件債権は時効消滅しており、被上告人は同日以降債権消滅のため譲渡担保目的物を亡岡島に返還すべき義務がある。もつとも目的物は亡岡島が占有していたので債権者のなすべき返還義務は目的物の所有権移転登記を亡岡島にすることである。亡岡島鉦三及びその承継人の上告人らは、本件目的物の所有権移転登記請求を、昭和四〇年以来、名古屋地方裁判所昭和四〇年(ワ)第一三六八号所有権移転登記請求事件(甲二号証)、右控訴事件の昭和四六年(ネ)第六七七号所有権移転登記手続請求控訴事件(甲三号証)においてなし(亡岡島は被上告人に対し債務を不存在と主張していた)てきたが敗訴が確定したため(控訴判決言渡し昭和五一年二月二五日)再度昭和五一年三月、本件一審裁判を名古屋地方裁判所に提起して今日に至つている。

ところで、債権者の債権が昭和三九年一二月末をもつて時効消滅し、同時に債権者は債務者に担保物返還請求義務を負い、反射的に担保提供者にとつて受戻権が発生する。即ち受戻権についてその時から消滅時効が進行することになるが、亡岡島鉦三は既に昭和四〇年以来今日に至るまでの間、途中一〜二か月中断しているが一貫して担保目的物の返還即ち所有権移転登記請求をし続けてきておりその意味からも、民法一六七条二項を適用して上告人らの受戻権を時効消滅したとして請求棄却を判示したのは判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背があるというべきである。

(三) 又、原審はその理由中で「受戻権は、債務者が債権者に対し債務金の元利金及び遅延損害金等の全額を現実に提供して受戻しの意思表示をなす方法により行使すべきもので、もとより債務の本旨に従つた弁済をなすべきものである」という。つまり「現実の提供」と「債務の本旨に従つた弁済」をなすべきであるという。

しかし、前記(二)記載のとおり債権は既に昭和三九年一二月末をもつて時効消滅しており、債務者は本来債務の履行をせずとも受戻権の行使ができるのであるから、民法四九三条本文を適用し「現実の提供」「債務の本旨に従つた弁済」をなすべきであるのにしなかつたと判示したのは民法四九三条の適用を誤つたものというべく判決に影響を及ぼすべき明らかなる法令違背があるというべきである。

万が一債権者の債権が何らかの理由で時効消滅していないとしても、債権者である被上告人は、亡岡島からの債務の履行は、終始目的物を代物弁済として受領したからとして予め拒絶していた。

右の場合には民法四九三条本文ではなく但書を適用すべきである。同条本文を適用したことは判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令違背があるというべきである。

二 それにしても本件はその遡ること昭和四〇年(ワ)第一三六八号所有権移転登記請求事件以来事実関係は一つの事件として争い、本件原審判決で消滅時効により敗訴判決を受けたのであるが、亡岡島及び上告人らは裁判所の判断のある都度、その判断を尊重してその判断をふまえて主張を訂正し、元利金の提供、供託をしてきたもので、裁判がかように長年月かからず、もつと早く行なわれていれば本件債務の返済期限を早期に知ることができ、原審裁判所が民法一六七条二項を適用する余地は全くなかつた事案である。(昭和五一年二月二五日判決の昭和四六年(ネ)第六七七号所有権移転登記手続請求控訴事件(甲三号証)の理由中で本件債務の返済期は昭和二九年中に不確定の弁済期限が到来していたと判示された)

故に亡岡島において長期裁判がなされたため即ち実質憲法三二条の裁判を受ける権利が守られないために、本件債務の弁済期を知ることが遅れ原審で敗訴となつたものである。

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